Raison d'etre 2章18話
「もう一度言います。私を、好きになってください」麗の言葉に、優は動きを止めた。
――父親もESP能力者ならどうでしょうか?
考えた事などなかった。
麗はきっと、優より遥かにこの闘争を長く経験してきたのだろう。
彼女がどこか余裕がなく、焦っているように見せるのは、きっと優が知らない現実をいくつも見てきたからに違いない。
――一緒の時期に入隊した人がいたんです。昔は休暇を取る日を合わせてよく遊びに出てました。
――死んじゃったんです。それからあんまり外に出かけなくなりました
――遊んでばかりいても、ダメですよね。まずは生き残る事が大事です。それを思い知りました。
麗の言葉が頭に蘇った。
彼女の突然の告白と、急なアプローチの理由をようやく理解する。
彼女は危惧しているのだろう。ESP能力者同士の子どもを作る機会が永遠に失われるかもしれないのだ。
優が死んでも、麗が優の子どもを宿して生き延びることができれば、それはESP能力につての研究に新たな方向性を与えることができる。
合理的な判断だ。
しかし、優は麗のように割り切ることができなかった。
目の前で迫る麗に応えようとは到底思えなかった。
「先輩」
麗の手が、その胸元にのびる。
戦闘服がはだけ、中に着込んでいたスウェットスーツが露わになっっていく。
「麗ちゃん、それ以上は」
「先輩」
麗が身体を寄せてくる。
甘い香りが鼻腔をつく。
濡れた彼女の瞳が、すぐ目の前にあった。
戦闘服の中に着込んでいたスウェットスーツのファスナーがゆっくりと開いていく。
その時、予想もしない第三者の声が響いた。
「全く、ようやく見つけたと思ったら、とんだ修羅場のようで……」
反射的に振り返る。
いつの間にか開いていた自動扉の前に、小銃を構えた京子が呆れた顔をして立っていた。
「長谷川先輩!?」
麗は慌てて優から身を離し、乱れた服を隠すように身を抱いた。
京子がつかつかと近づいてくる。
「て言うかさ、子ども作るだけなら、別にあんたじゃなくていいよね。あそこ、腐るほど女の子が余ってたんだからさ」
いつからそこに、と優の頭に疑問が浮かぶ。
京子は優を無視するように、麗に向かって足を進めていく。
「なんでさ、そういう大義名分を背に関係を迫ってんの? そうすれば桜井が断れないとでも思ったわけ?」
責めるように言う京子を、麗が睨み返す。
「違います! 私はそんなつもりじゃ……」
「じゃあ、何で初めにそれを言わなかったの? 誰かとの子どもを作ることを勧めるだけでよかったよね。本当はさ、それを理由にしたくなかったんでしょ」
「違いますッ! 私は……ッ! 私は……」
「本当は普通に付き合うつもりだったんだ、でも断られたから、言っちゃったんでしょ? そうすれば押し切れると思ったわけだ」
「黙れ!」
麗の怒号に呼応するように、店内に充満する霧が揺らぐ。
麗からESPエネルギーが溢れだしていた。
それでも京子は怯まない。
「そういう中途半端なの、誰も得しないよ。そうやって、その場だけ繋いでも後で後悔するだけなんだからさ」
「黙ってくだ――」
その言葉は爆発音にかき消されて、最後まで優の耳には届かなかった。
店内の壁が粉塵を上げて吹き飛んだ。
「──亡霊ッ!?」
咄嗟に小銃を構える。
再び爆発。
外壁が崩れ、粉塵が店内に舞った。
霧と粉塵で視界が塞がれ、それぞれの位置関係が見えなくなる。
「撃たないで!」
反射的に優は叫んだ。
この霧で錯乱し、銃撃を開始すれば同士討ちの可能性が高くなる。まずは粉塵から抜け、状況を把握しなければならない。
優は全身にESPエネルギーを纏い、記憶を頼りに出口へと疾走した。全身に纏ったESPエネルギーが物理的な障害を全て弾き出していく。
あっというまに粉塵を突き抜け、店外へと躍り出る。
そこには数十体の亡霊が店を取り囲むように立っていた。
「桜井!」
遅れて京子と麗が出てくる。優は迷わず一点突破を選んだ。
「抜けるよ!」
包囲の薄いところを目指して地面を蹴る。その後に京子と麗が続いた。
亡霊が空を見上げて、威嚇するように吠える。
走りながら小銃を構え、引き金を引く。小銃からESPエネルギーが迸り、前方の亡霊が吹き飛んだ。
そのまま穴が空いた包囲網を突破する。続く京子たちを援護しようと、小銃を残りの亡霊群に向ける。
発砲音とともに別の一体の亡霊が消し飛んだ。
──弱い。
戦力一定の法則を思い出す。出現する全体の数が多いほど、個体の力は弱くなる傾向がある。
この付近に相当な数の亡霊が集まっている事が予想できた。
視界不良の霧の中、大勢の亡霊を一斉に相手取る事は避けなければならない。
「先輩! 上です!」
麗が叫ぶ。
咄嗟に上空を見上げると、八体の亡霊が霧に紛れて降下してくるところだった。
まともに相手していては、更に大多数の亡霊群に包囲される危険性がある。
優は足を止めることなく、牽制に数発のESPエネルギー弾を放った。しかし、当たらない。降下してくる相手を走りながら狙うのは難しい。
「桜井! 次は前から!」
京子の叫び声と同時に、前方の霧の中から三体の亡霊が姿を現した。
「次から次へと……!」
射撃では殲滅しきれない、と判断し、優は小銃を投げ出した。
光翼を作り出すようにESPエネルギーを練り出し、巨大な突撃槍を作り出す。そのまま立ち塞がる亡霊に向かって力の限り振り抜いた。
嫌な音が響いた。
突撃槍が易々と亡霊に塞がれ、動きを止める。
「桜井!」
京子の悲鳴。
突撃槍を捨てて、空いた右手にESPエネルギーを集中。至近距離から亡霊に向かって放つ。
直前、優の手から軌道を読むように亡霊が横に大きく羽ばたき、エネルギー弾を躱した。
想定外の動きに、優の動きが鈍る。
その隙に二体目の亡霊が大きく口を開き、至近距離から広く拡散するESPエネルギーを放ち、周囲の空間が波打った。
それをまともに受けた優は大きく吹き飛び、アスファルトの地面に叩きつけられた。
衝撃で胃の中の空気が強制的に吐き出され、奇妙な音が喉から鳴った。
──戦力一定の法則が乱れている?
「桜井!」
地に体を突っ伏した優と、追撃を加えようとする亡霊の間に京子が割り込む
「京子、逃げて」
優の声を無視して、京子が小銃を構えて引き金を撃つ。
激しい射撃音が響くが、三体の亡霊がそれぞれ左右に分散し、射撃を避けながら一斉に距離を詰めてくる。
京子一人ではこの三体を抑えきる事が難しいのは明白だった。
「伏せろ!」
その時、霧の彼方から巨大なESPエネルギーの奔流が、倒れた優の上を通り亡霊へと吸い込まれていった。
亡霊の体が光に呑まれ、霧に溶けてゆく。
凄まじいESPエネルギーの出力量だった。
攻撃が飛んできた方を振り返る。
霧の中、長い黒髪をたなびかせた長身の少女が現れる。
殲滅戦を得意とする第六小隊長、白崎凛だった。
いつか華が言っていた最強の小隊長。
「お怪我は?」
地面に突っ伏した優に、凛が腰を落として声をかける。
「大丈夫です。助かりました」
立ち上がりながら答えると、凛は一度頷いて、それから霧の向こうを睨みつけた。
「私達は囲まれている。突破する必要があります。援護を」
凛が駆けだす。
優は京子と麗と目配せをして、それから共に後に続いた。
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