源静流の庭園 エピローグ

「白、準備できた?」
 後ろから静流の声。
 振り返ると大きな帽子を被った静流が立っていた。涼しそうなワンピースを着ている。
 最近の静流は浴衣をやめて、外の服をよく着るようになった。動きやすく気に入っているようだった。
「うん。ちゃんと財布も鞄にいれてるよ」
「そう、じゃあ戸締まりの確認してくるから」
 静流が玄関口の施錠を再度確認する。
 施錠。
 今までなかった事だ。この庭園の外に人がいるなんて思いもしなかったから。
 ちょっとした事が新鮮で、全てが違う世界のように見えた。
「白、靴紐解けてるわ」
 施錠の確認を終えた静流がやってきて、開口一番に指摘する。そこではじめて靴紐が解けている事に気づいた。
 白はこの靴紐が嫌いだった。結び方がややこしいし、何より面倒くさい。
 もたもたしていると、見かねたように静流が腰を下ろして靴紐を奪う。
「結び方が甘いのよ。もっときつく引っ張らないと」
「……靴だけ草履じゃだめかな」
「そんなの目立つからダメよ。それに変だわ」
 結び終えた静流が立ち上がり、白の手をとる。
「さ、行きましょう」
 今日は町に買い物に出る予定だった。
 白が町に出るのは初めてだった。
「うん」
 白は頷いて、静流の手を握り返す。
「ねえ、静流さん。町の見学だけじゃなく山菜のとり方も教えて欲しいな」
「それは今度ね。今日はまず、町に慣れないと」
 それと、と彼女は言う。
「町には他の女性も大勢いるけれど、白は私と婚約しているんだから話しちゃダメよ」
「婚約ってなあに?」
 首を傾げると、静流はにんまりと笑った。
「契約の一つよ。私は白以外の男性と話さないようにするし、白も私以外の女性と話しちゃダメなの。十二族協定より上の憲法で定められているの」
「そうなんだ。うん、守れると思う」
「いい子ね。私の白、穢れなき白」
 静流は歌うように言って、それから歩き始める。
 白も歩調を合わせ、彼女の隣に並んだ。
 庭園の敷地から、呪われた世界へ足を踏み出す。
 しかし、呪いはやってこない。すぐには降り注がない。
 母も、父も死んだ。
 静流は世界を壊すことを選んだ。
 それでも呪いは絶対ではない。それを白は知っている。
 隣を歩く静流と一緒なら、外の呪いはきっとそれほど強く恐れるものではない。
 少なくとも、雨神様はもういない。
 だからきっと大丈夫。
 白は静流を引っ張るように、地面を強く踏み込んだ。




 2018年3月01日 連載開始
 2018年5月28日 連載完結


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